不動産管理・賃貸管理会社のOJT設計|クレーム対応の「教え方」から始める
業務の幅が広く、教え方が人任せになりやすい不動産管理・賃貸管理の現場のOJT。マンション管理会社の接遇研修や不動産管理業の管理職研修で確認された知見をもとに、クレーム対応の「教え方」の型から設計する手順を解説します。
不動産管理・賃貸管理の仕事は、業務の幅が広い仕事です。入居者からの問い合わせやクレームの一次対応、オーナーへの報告と提案、契約更新の案内、点検や修繕の手配と立ち会い。ひとつの案件の中に、事務処理と、判断と、対人対応が同時に入ってきます。
この幅の広さが、新人育成に独特の難しさを生みます。手順として書き切れる業務と、相手によって正解が変わる業務が混ざっているため、教える側は「とりあえず一緒に回りながら覚えてもらう」形を取りやすい。結果として、誰に教わったかで新人の育ち方が変わる——つまり教え方が担当者個人に依存した状態になりやすいのです。
本記事では、この状態を解きほぐす起点として、クレーム対応の「教え方」から型を揃える手順を解説します。私はマンション管理会社の接遇研修(2024年)や不動産管理業の管理職研修(2025年)など、この業種の現場で実際に研修を担当してきました。そこで確認できたことをもとに書きます。
先に、この記事の立場をはっきりさせておきます。業務知識と法令実務を教えられるのは、御社の現場だけです。賃貸借契約の実務判断や原状回復の扱いに、外部の講師が踏み込むべきではありません。外部が設計できるのはその手前——何を、どの順番で、どう教えるかという「教え方」の側です。この記事もその範囲で書きます。
なぜこの業種のOJTは人任せになりやすいのか
理由は業界の体質ではなく、業務の構造にあります。
第一に、正解が一つに決まらない業務の比率が高いこと。入居者対応もオーナー対応も、相手の事情によって最適な動きが変わります。手順書に書き切れないため、「見て覚えて」に頼りやすくなります。
第二に、教える時間が業務の合間にしか取れないこと。管理担当者は自分の物件を持ちながら新人を見るのが普通で、教えることそのものに使える時間は限られます。準備のない指導は、その日の案件次第の場当たりになります。
第三に、失敗の影響が大きい業務ほど、教える機会が少ないこと。その代表がクレーム対応です。新人に任せて失敗すると入居者もオーナーも失うおそれがあるため、ベテランが抱え込む。すると新人は経験を積めないまま、ある日突然、一人で電話を取ることになります。
だからこそ、最初に型を揃える対象として、クレーム対応には合理性があります。影響が大きく、教える機会が少なく、そして——次に見るように——順番として教えられるからです。
まず揃えるのは「クレーム対応の順番」
クレーム対応の研修で繰り返し確認してきたのは、「型どおりに謝っているのに、相手の納得感が得られない」という悩みです。マンション管理会社の接遇研修でも、同じ相談がありました。
原因の多くは、謝罪の言葉選びではありません。その前後の工程が抜けていることです。
型は「要約 → 限定謝罪 → 共感 → 改善策」
| 工程 | 何をするか | 抜けると何が起きるか |
|---|---|---|
| ① 要約 | 相手の話を一文でまとめて返す(「〜ということですね」) | 聴き取れている証拠が相手に伝わらず、以降の謝罪が「マニュアル対応」に聞こえる |
| ② 限定謝罪 | 謝るべき部分だけを区切って詫びる | 全面謝罪になり、相手の要求をすべて認めた形になって後の対応の自由度を失う |
| ③ 共感 | 解決策に入る前に、相手の感情を受け止める言葉を一拍挟む | 「早く解決したい」善意が先走り、相手は「気持ちを流された」と感じる |
| ④ 改善策 | 今後の対応・取り組み姿勢を一言添える | 謝罪だけで完結し、「で、どうしてくれるのか」が残る |
このうち、研修で最も抜けやすいのは①の要約です。医療機関の接遇研修では、ロールプレイングでこの要約部分が半数以上の受講者で空欄のまま、という記録もあります。要約は地味な工程ですが、「あなたの話を正確に聴き取りました」という証拠を相手に渡す、対応全体の土台です。
教えるときに、やってはいけないこと
謝罪フレーズの暗記で終わらせないこと。言い回しを覚えさせる指導は、一見教えやすいのですが、相手には定型文に聞こえ、想定外の展開で止まります。教えるのは順番です。①〜④の流れを型として渡し、各工程の言葉は本人の言い方に任せる。順番なら、教える人が変わっても同じように教えられます。
例外も伝えておきます。安全に関わる重大な事案など、自社に全面的な非があるケースでは、責任範囲を区切らない謝罪が適切な場合があります。型は万能ではなく、外れる場面を先に教えておくことも、教え方の設計に含まれます。
「わかっているだろう」を可視化する
クレーム対応の型が新人に渡っても、現場の指示が正しく伝わらなければ運用は崩れます。そしてこの「伝わっているはず」の思い込みは、役職の高さと無関係に起きます。
不動産管理業の管理職研修(2025年)で、目的を知る人と知らない人に分かれ、限られた手段だけで情報を伝えてゴールを目指すコミュニケーションゲームを実施しました。他の業種でも繰り返し見てきたのと同じことが、ここでも起きました。リーダーは目的を伝えたつもりでいる。中間層は手段だけを下に回す。新人役は疑問を持っても質問せず、指示を待つ。ゴールにたどり着けるグループは、1〜2割程度にとどまることが多いのです。
このゲームの価値は、失敗のあとにあります。作戦タイムを挟んで目的を全員に共有してから2回目を行うと、所要時間が大きく縮まります。「目的共有が大事」と講義で聞いても行動は変わりませんが、同じ作業を条件だけ変えて2回体験し、時間の差を自分の目で見ると、納得が体験として残ります。
賃貸管理の現場に引きつけるなら、こういうことです。「この物件の巡回、行っておいて」と手段だけを渡された新人と、「オーナーから外構の汚れの指摘があったので、状態を確認して写真を残してきてほしい」と目的ごと渡された新人では、現場での判断の質が変わります。目的を添えて指示する——教える側に渡すべき型は、ここでも順番の話です。
教える前に、「聴き方」を体験させる
クレーム対応の型①(要約)がうまくいくかどうかは、その手前の聴き方で決まります。ここも講義から入りません。
2人1組で、同じ人に同じテーマで2回話してもらい、聴き手の態度だけを変えます。1回目は、目を見ない・うなずかない・あいづちを打たない。2回目は、アイコンタクト・うなずき・あいづち・表情で応じる。話す内容は同じでも、感想はほぼ正反対になります。この反転は、不動産管理業を含む業種横断の研修で、繰り返し確認してきたものです。
体験の直後に伝えるのは一言だけです。コミュニケーションの主導権は、話し手ではなく聴き手が持っている。クレームの電話で相手の話が長くなるか、途中で落ち着いてくるかは、聴き手の応じ方に左右されます。この体験が先にあると、①の要約が「テクニック」ではなく「聴き取れていることの証明」として腹落ちします。
自社で始める順番
ここまでを、着手できる形に直します。上から順に進めてください。
- クレーム対応の「順番」を紙一枚にする。①要約 ②限定謝罪 ③共感 ④改善策。言い回し集は作らない
- ベテランの対応を、この4工程で一度観察する。どの工程を自然にやっているか、どこを飛ばしているかを記録する。教える前に、教える側の現在地を知る
- 新人とのロールプレイングを、工程ごとに区切って行う。いきなり通しでやらず、まず①要約だけを練習する。「相手の話を一文でまとめて返せたか」だけを見る
- 指示に目的を添える練習を、日常業務で行う。「〜しておいて」に「なぜなら」を一言足す。教える側のこの習慣が、そのまま新人の判断力になる
- 教えた記録を残す。誰に・いつ・どの工程まで教えたかを一覧にする。担当者が替わっても続きから教えられる状態が、属人化を防ぐ最後の砦になる
チェックリストの作り方自体は「OJTチェックリストの作り方と項目例」に職種共通の手順をまとめています。この記事の4工程を項目に落とすところから始めれば、業種特化版の第一歩になります。
まとめ——業務は御社が、教え方は設計で
不動産管理・賃貸管理のOJTが人任せになりやすいのは、誰かの怠慢ではなく、正解が一つに決まらない業務の構造によるものです。だからこそ、手順書で解決しようとするのではなく、順番を型として教える設計が合います。
クレーム対応の「要約→限定謝罪→共感→改善策」。指示に目的を添える渡し方。聴き方を体験で先に渡す組み立て。いずれも業務知識そのものではなく、御社の業務知識が新人に届くための通り道です。業務は御社が教える。私たちが設計するのは、教え方。この分担が、誰が教えても人が育ちやすい現場への最短の順番だと考えています。
自社のOJTがどこから人任せになっているかは、OJT設計診断(無料・5分)で確かめられます。20問に答えると、着手すべき順番が見えてきます。
この記事のまとめ
不動産管理・賃貸管理の仕事は、入居者対応・オーナー対応・点検や立ち会いと業務の幅が広く、新人への教え方が担当者任せになりやすい構造があります。本記事では、実際の研修で確認された知見をもとに、影響の大きいクレーム対応から「教え方の型」を揃え、業務知識の指導は現場に残したまま、教え方だけを設計する手順を解説します。
- ✓ 業務知識を教えられるのは御社だけ。設計するのは「教え方」の側
- ✓ クレーム対応は「要約→限定謝罪→共感→改善策」の順番を型として教える
- ✓ 「目的が共有されているはず」の思い込みは、役職の高さと無関係に起きる
よくある質問
Q. 不動産・賃貸管理の業務知識がない外部にOJT設計を頼んで意味がありますか?
A. 業務知識と法令実務は御社の現場にしか教えられません。外部が設計するのはその手前――何をどの順番で教えるか、クレーム対応のような判断を伴う業務をどう型にして渡すか、という「教え方」の側です。この分担のため、業務知識の正確さは現場に残したまま、教え方のばらつきだけを減らせます。
Q. クレーム対応はマニュアル化できますか?
A. 言い回しの全文をマニュアル化して暗記させる方法は勧めません。相手には定型文の対応に聞こえ、想定外の場面で止まってしまいます。標準化するのは「要約→限定謝罪→共感→改善策」という順番で、言葉そのものは本人の言い方に任せます。順番なら、人が変わっても再現できます。