
「社員を育てたい気持ちは山々だ。でも、うちは大企業じゃない。専門の人事部も、研修にかける潤沢な予算も、そして何より、日々の業務に追われて『教える時間』すらない…」
OJTの重要性は理解しつつも、リソースの壁に阻まれ、有効な一手を打てずに悩んでいる中小企業の経営者・管理職の方は非常に多いのではないでしょうか。
結局、新人が入ってきてもOJTは現場任せの場当たり的なものになり、なかなか育たずに辞めてしまう。「うちのような会社では仕方がない」と、諦めてしまっていませんか?
ご安心ください。この記事は、まさにそんな悩みを抱える中小企業の皆様のために書かれました。
専門の担当者や高価なシステムがなくても、リソース不足を「工夫」で乗り越え、OJTを成功させることは十分に可能です。本記事では、机上の空論ではない、明日から始められる超実践的ステップをご紹介します。
なぜ中小企業のOJTはうまくいかないのか?大企業との「3つの決定的違い」

世の中にはOJTに関する多くの書籍や情報が溢れています。しかし、その多くは大企業の恵まれた環境を前提としており、そのまま中小企業に導入してもうまくいかないケースがほとんどです。
なぜなら、OJTを取り巻く「前提条件」そのものが、大企業と中小企業では全く異なるからです。
リソース不足を乗り越える工夫を考える前に、まずは私たちが直面しているこの「決定的違い」を正しく認識することから始めましょう。
違い①:「人事部」が存在せず、社長・管理職が育成を「兼任」している
大企業には、人材育成を専門に行う人事部や研修部が存在します。しかし、多くの中小企業では、社長自身や、プレイングマネージャーである管理職が、自らの業務の傍らで育成を「兼任」しているのが実情です。
育成の専門家ではない上に、他の重要業務を抱えているため、どうしてもOJTは後回しになりがちです。これにより、計画的・継続的な指導が困難になります。
違い②:「教える時間」が慢性的に不足し、場当たり的指導に陥る
一人ひとりが複数の役割を担い、常に人手不足の状態にあることが多い中小企業では、先輩社員が新人の隣につきっきりで「教える時間」を十分に確保することは、物理的に不可能です。
その結果、新人がミスをした時や、トラブルが発生した時だけに関わる「問題発生時対応型」の指導に陥りがちです。これでは、新人は常に受け身の姿勢となり、体系的なスキルを身につけることはできません。
違い③:「整ったマニュアル」がなく、OJTが完全に属人化する
大企業のように、専任の担当者が作り込んだ詳細な業務マニュアルや、eラーニングの仕組みは存在しないのが一般的です。多くの場合、仕事のノウハウは、特定のベテラン社員の「頭の中」にしかありません。
これにより、OJTの質が「誰がトレーナーになるか」という運の要素に大きく左右される属人化が起きます。もし、そのベテラン社員が多忙であったり、退職してしまったりすれば、貴重なノウハウは継承されず、育成は振り出しに戻ってしまいます。
「専門部署がない」「時間がない」「マニュアルがない」。この3つの「ない」こそが、多くの中小企業がOJTに苦戦する根本原因です。
しかし、絶望する必要はありません。この現実を直視し、前提とすることで、むしろ中小企業ならではの強みを活かした、効果的なOJTへの道筋が見えてきます。次の章では、このリソース不足を「工夫」で乗り越えるための3つの秘訣を解説します。
リソース不足を「工夫」で乗り越える!中小企業OJT成功の3つの秘訣

「専門部署なし」「時間なし」「マニュアルなし」。前章で解説した中小企業の現実は、一見するとOJTにとって絶望的な状況に思えるかもしれません。
しかし、発想を転換すれば、これらはむしろ中小企業ならではの強みを活かすチャンスとなります。大企業の真似をする必要はありません。リソース不足を「工夫」で乗り越え、OJTを成功させるための3つの秘訣をご紹介します。
秘訣①:「完璧なマニュアル」より「育てる動画マニュアル」
「マニュアルがない」という課題に対し、何十ページもある完璧なマニュアルをゼロから作ろうと考えるのは、最もよくある挫折パターンです。
目指すべきは「完璧さ」ではなく「実用性」と「継続性」です。そのための最強のツールが、あなたのポケットに入っているスマートフォンです。
- やり方:
- まずは、特定の業務手順を、先輩社員がPCや手元を操作している様子をスマホで撮影するだけ。「〇〇の操作方法」といった、3分程度の短い動画で十分です。
- 撮影した動画は、GoogleドライブやDropboxなどの無料クラウドストレージに「動画マニュアル」というフォルダを作って保存・共有します。
- 効果:
- 作成に時間がかからず、いつでも誰でも追加できます。新人は、文字だけのマニュアルより、実際の操作を見ることで直感的に理解できます。こうして、会社のノウハウが自然と蓄積されていく「育てるマニュアル」が完成します。
秘訣②:「一人のスーパーマン」より「全員がトレーナー」という文化をつくる
「教える時間がない」「専任の担当者がいない」という課題は、育成の責任を一人に集中させるからこそ発生します。中小企業の強みである「顔の見える関係性」を活かし、育成の負担をチーム全体に分散させましょう。
- やり方:
- 社長や管理職が、「うちの会社では、新人を育てるのは全員の仕事だ」と明確に宣言します。
- 新人には、「〇〇のことはAさんに、△△のことはBさんに聞く」というように、質問する相手を分散させるよう促します。
- 誰かが新人に教えている場面を見かけたら、「〇〇さん、教えてくれてありがとう!」と、社長や管理職が積極的に声をかけ、称賛します。
- 効果:
- 一人当たりの指導負担が劇的に軽減されます。新人は多様な視点から学ぶことができ、社内のコミュニケーションも活性化します。
秘訣③:高価なシステムより「無料・低コスト」の「クラウドツール」を徹底活用する
OJTの計画や進捗管理のために、高価な人材育成システムを導入する必要はありません。今すぐ無料で使えるクラウドツールを組み合わせるだけで、十分に機能的な環境を構築できます。
- タスク管理: GoogleスプレッドシートやTrelloの無料版を使い、「OJT計画・進捗管理ボード」を作成します。誰が、いつまでに、何をやるべきかが一目瞭然になります。
- コミュニケーション: Slackの無料版やLINE WORKSなどを活用し、新人やトレーナーがいつでも気軽に質問・相談できる専用チャンネルを作ります。
- ナレッジ共有: GoogleドライブやNotionの無料版を、秘訣①で紹介した「動画マニュアル」や各種資料の保管場所として活用します。
これらのツールを組み合わせることで、コストをかけずに、OJTの「計画性」と「可視化」を実現できます。
これらの3つの秘訣に共通するのは、リソースのなさを嘆くのではなく、中小企業の強みである「身軽さ」「柔軟性」「チームワーク」を最大限に活かすという発想です。
次の章では、これらの秘訣を元に、明日からでも始められる「ミニマムOJT」の具体的な導入ステップを解説します。
【4ステップ】明日から始める!中小企業のための「ミニマムOJT」導入ガイド

前章でご紹介した3つの秘訣を、具体的な行動計画に落とし込んでいきましょう。
これは、分厚い企画書や複雑なプロジェクト管理を必要とするものではありません。スマートフォン一台と、ほんの少しの「意識的な時間」さえあれば、明日からでも始められる「ミニマムOJT」の導入ガイドです。
ステップ1:「これだけは」という必須スキルを3つに絞り込む
まず、新人が入社後1ヶ月で「お客様」から「戦力」に変わるために、絶対に習得してほしい業務スキルを、たった3つだけに絞り込みます。
「電話応対」「見積書の作成」「日報の書き方」など、具体的で、かつ頻度の高い業務を選びましょう。あれもこれもと欲張らないことが、最初の重要なポイントです。この3つが、最初の1ヶ月のOJTの「全カリキュラム」となります。
ステップ2:スマホで「お手本動画」を撮影・共有する
次に、ステップ1で決めた3つのスキルについて、それぞれ社内で一番上手な人の「お手本」をスマホで撮影します。
プロのような編集は一切不要です。PC画面を録画したり、手元の作業を映したりするだけの、2〜3分の生々しい動画で構いません。撮影した動画は、Googleドライブなどの無料クラウドストレージに保存し、「お手本動画フォルダ」として新人さんに共有しましょう。これで、世界に一つだけの、あなたの会社専用の「動画マニュアル」が完成です。
ステップ3:「週1回15分」の振り返りタイムを強制的に確保する
忙しい業務の中で、「あとでやろう」は絶対にやってきません。新人のための時間を、カレンダー上で強制的に確保します。
今すぐ、新人さんとあなたのカレンダーに、毎週金曜日の午後など、比較的落ち着いた時間帯に「週次振り返り(15分)」という予定を、繰り返し設定で入れてしまいましょう。
この15分で聞くことは2つだけです。「①今週、できるようになったことは?」「②今、何に一番困ってる?」。この短い時間が、新人の安心感と成長に繋がります。
ステップ4:社長・管理職が「ありがとう」と「できたこと」を言葉で伝える
ステップ3の振り返りタイムの最後に、社長や管理職が必ず行うべきことがあります。それは、「今週も頑張ってくれて、ありがとう」という感謝と、「〇〇の電話応対、一人でできるようになったね。見たよ」という具体的な「できたこと」の承認です。
組織の規模が小さいからこそ、トップからのポジティブな声かけは、新人の心に最も強く響き、明日へのモチベーションになります。
たったこれだけの4ステップですが、これらを実践するだけで、あなたの会社のOJTは「場当たり的な指導」から「計画的で、安心感のある育成」へと大きく変わるはずです。
小さな会社のOJT成功事例:A社はこうして人手不足を乗り越えた

机上の空論だけでは、なかなか行動に移せないものです。そこで、ここでは、リソースが限られた中小企業でありながら、「ミニマムOJT」を実践し、見事に人手不足を乗り越えた架空の成功事例をご紹介します。
【事例:従業員15名の製造業 A社】
A社は、長年、熟練の職人によるOJTに頼っていましたが、少子高齢化による人材不足が深刻化していました。新人がなかなか育たず、すぐに辞めてしまうため、常に人手不足の状態が続いていたのです。
社長の山田さんは、「このままでは会社の未来はない」と危機感を覚え、OJTの改善に乗り出すことを決意しました。
山田さんが最初に取り組んだのは、ステップ1「これだけは」という必須スキルを3つに絞り込むでした。現場のベテラン社員と話し合い、「安全に関する基本操作」「主要機械の日常点検」「簡単な報告書の作成」の3つを、新人が最初に覚えるべきスキルとして明確化しました。
次に、ステップ2「スマホで『お手本動画』を撮影・共有する」です。ベテラン社員に協力してもらい、それぞれのスキルのポイントを短くまとめた動画を撮影。無料のクラウドストレージに「新人教育動画」というフォルダを作り、入社したばかりの田中さんに共有しました。田中さんは、休憩時間や自宅で繰り返し動画を見ることで、業務のイメージを掴むことができたと言います。
そして、ステップ3「『週1回15分』の振り返りタイムを強制的に確保する」です。毎週金曜日の午前中に、山田社長と田中さんの1on1ミーティングの時間を設けました。「今週、できるようになったことは?」「困っていることはない?」といった問いかけに、田中さんは安心して自分のペースで成長を実感していきました。
最後に、ステップ4「社長・管理職が『ありがとう』と『できたこと』を言葉で伝える」です。振り返りミーティングの終わりには、山田社長が必ず「先週も遅くまで頑張ってくれてありがとう」「〇〇の点検、もう一人でできるようになったんだね。すごいぞ!」と、具体的な行動を褒める言葉を伝えました。
この「ミニマムOJT」を始めてから半年後、A社では驚くべき変化が現れました。田中さんは3ヶ月でほぼ全ての基本操作をマスターし、ミスも大幅に減少。以前はすぐに辞めてしまう新人が多かったのですが、田中さんは意欲的に仕事に取り組んでいます。
山田社長は言います。「特別なことは何もしていません。ただ、新人が安心して成長できる『小さな仕組み』を作っただけです。人手不足で困っている中小企業の皆さんにこそ、この方法を試してほしいですね。」
まとめ:中小企業のOJTは「仕組み」より「トップの覚悟」で9割決まる
本記事では、リソースが限られた中小企業が、大企業の真似ではない、自社ならではの強みを活かしたOJTを成功させるための具体的な秘訣と、明日から始められる「ミニマムOJT」の実践ステップを解説してきました。
お気づきの通り、中小企業のOJT成功に、複雑な人事制度や高価なITシステムは必ずしも必要ではありません。
最も重要なリソース、それは「人材を育てる」という経営者自身の強い「覚悟」です。
社長や管理職が、自らの言葉で育成の重要性を語り、自らの時間を(たとえ週に15分でも)新人のために使い、その小さな成長を心から承認する。このトップの姿勢こそが、新人に安心感を与え、現場の協力を促し、会社全体に「人を育てる文化」を根付かせるのです。
本記事で紹介した4つのステップは、その覚悟を形にするための、誰にでもできる小さな一歩にすぎません。
まずは、あなたの会社の未来のために、その小さな一歩を踏み出してみませんか。OJT.Lifeは、人を育て、事業を育てる、すべての中小企業経営者を心から応援しています。